「那覇の」じゃない方

2014 年 1 月 30 日


~漂泊の思ひやまず

という「奥の細道」の有名な序文の中のフレイズ

月日は百代の過客にして( 中略 )
予もいずれの年よりか 片雲の風にさそはれて 漂泊の思ひやまず・・・

そうコレ。この一節。

ソレが、たまにふと頭をよぎって
「アレいいなあ いいなあアレ ・・・シビれますわ」
となったりする。

ただ、自分はもはや芭蕉翁のように
四六時中「漂泊」の事ばかり考えて、バックパッカーが如く
「漂泊してぇぇー 漂泊してぇぇー 」
と、泣いて叫んで暮らす訳にはいかないのであって

「漂泊」の事は普段考えないようにしている。
でも。たまにふと思い出す。

というか、かいつまんで話せば、至極簡単に言えば
物見や遊山に出かけたくなる。あー諸国漫遊してぇぇー!となる。
誰か旅行に連れてってぇぇー。

・・・すでに「漂泊」とはかけ離れてる。


ええと。
前置きが長いですが・・・
昨年の秋に嫁さんの実家が東京から松山になった。
つまり、お義父さんとお義母さんが
(義母の故郷である)松山に引越しをしたのです。

この件を島の知人に話のついでに知らせると
「アイッ!マツヤマな? 那覇の松山にな? ハッサ!」
とかいう方がいらっしゃいましたが

違いますよ「四国の愛媛の松山」です。

ちなみに「那覇の松山」地区は、沖縄を代表する歓楽街で
夜な夜な若者が奇声を発し、酔っ払いや客引きやらでごった返す環境であって
そこに敢えて移住する気骨のある年配者はあんまりいないでしょう!
(様々な事情があるでしょうから一概には言えませんが・・・)

ともかくそういう訳なので
先日、「那覇の」ではなく、「四国の愛媛の松山」に行ってまいりました。
実は自分にとっては、人生初の愛媛県。さあ漂泊?です。

それではここからは、百聞は一見にしかずで
写真でいきまっしょい!

坊ちゃん列車
夏目漱石が「坊っちゃん」の中で「マッチ箱のような汽車」と呼んだ「坊っちゃん列車」
それが復元されて市内の路面を走っております。

モハ2000系
こちらは「伊予鉄」の普通の路面電車。モハ2000系?
電車大好き!自分は「トレインスポッティング」なものですから。
(もちろん「鉄道マニア」という本来の意味で)

しかし東京や大阪でほぼ廃止された「路面電車」が今も生きている街はイイですな。


リフト
松山城に行ってみましょう。徒歩でも上れますが今回はリフトで
ロープウェイもあります。

見事な石垣
おお。見事な石垣です。

天守閣
標高132mの城山(勝山)山頂 本丸に建つ天守閣。

松山城
松山城。なにやら実戦的ですなー。
いわゆる現存12天守のひとつで、愛媛県にはもうひとつ宇和島城があります。ハイ。

加藤嘉明(かとうよしあき)公が1602年から築城を開始したけど、加藤嘉明本人は城の完成前に会津藩に転封になったようです。
※「よしあきくん」というゆるキャラをあちこちで見かけましたが「本人」は完成前に松山を去ったという事実がちと物悲しい。

天守閣内部
天守閣内部。復元された鉄筋コンクリートの城とは違い
現存天守ですからもちろん木造です。やっぱりお城はこうでないとね。

自分は「城マニア」すから。

松山市中心部
天守閣は三層三階でさほど高くないけど、城山自体が標高があるので街が一望
~南方面 松山市中心部を望む


道後温泉本館
そして松山といえばこちら「道後温泉本館」。歴史を感じますなあ。

道後温泉又神殿
ぐるりと周って本館の東(裏手)側の「又神殿(ゆうしんでん)」
全国唯一の皇室専用の湯殿なんだそうです。だから門はめったに開きません。


石手寺(いしてじ)の廻廊
こちらは四国八十八箇所霊場の第五十一番札所の石手寺(いしてじ)の廻廊

石手寺 二王門(国宝)
石手寺 二王門(国宝)
これをくぐった境内は様々な民間信仰が入り乱れた「楽しい」お寺です。


鍋焼きうどん「ことり」
お昼はこちら
鍋焼きうどん「ことり」さん。昭和24年創業の超有名店らしいです。
義母も高校生の頃よく通ったそうで。※この派手なオバハンは義母ではありません。
(近所に「アサヒ」という超有名店もあり「ことり派」と「アサヒ派」がいるようです)

ことり店内
義母が高校生の頃と店内の雰囲気も店員も替わってないようです(多分)
年配スタッフ達による淀みなく流れる華麗な連係プレー(たまに淀むっぽいケド)

鍋焼きうどん
メニューは「鍋焼きうどん」と「いなり」のみ。座って注文したらすぐ出てくる。
500円也。味は・・・これは美味い!侮るなかれ本当に美味かった。
伊予灘のいりこと利尻産昆布の出汁が良いです。(アルミのレンゲは熱いケド)

※ガイドブック等では「甘い」と書いてあるけどそうでもなかった


しまなみ海道
「せっかくだから」足を伸ばして「しまなみ海道」

多々羅大橋
鳥が羽を広げたような斜張橋。多々羅大橋(890m)

ベタナギ
瀬戸の「べたなぎ」

来島海峡大橋Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ
大島の亀老山展望公園より望む来島海峡大橋Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ。
いやー瀬戸ですなー。海峡ですなー。よう造ったなー。
同じ海でも石垣島のサンゴ礁やら島根の日本海とはずいぶん違いますわなー。

「しまなみ海道」は結構大きな島々を橋でつないで出来ています。
ドライブ中は、橋ではなく島(山)の中を走っている時間も結構長いので
こんな感じで、ゆっくり「上から」眺めでもしないと実感が沸かないかも。


そして夕食は
義母の弟さん、つまり叔父さんのお店へGo!
春夏秋冬 四時味「しじみ」
春夏秋冬 四時味「しじみ」
素材にこだわった和創作料理店です。ごちそうさまでした!

今後松山を訪れるみなさま、ランチ・夕食はこちらもCheck it out!
春夏秋冬 四時味「しじみ」
松山市二番町3-8-4 二番町桜井ビル2F
★三越南側・大街道から徒歩3分 (営)11:30~14:00/17:30~24:00
Tel:089-947-4800


・・・と、まあこの他にも本当に色々行かせてもらいました。
(正しくは連れて行ってもらいました。いつもありがとうございます)

佐田岬上空から宇和島方面
さよなら四国。また来るからなー!近いうちに!ホントだぞー!
~佐田岬上空から宇和島方面を望む


屋久島
ややっ!や!
屋久島も山頂は雪ですな。寒いわけです。


那覇空港
で沖縄(那覇)に着いたら
プロ野球やJリーグのキャンプの歓迎フラッグがはためいてました。

もうそんな時期ですかー。



・・・そういえば。
最初の方でさんざん松尾芭蕉を引用したりしたのだけども
そもそも松山は俳人・歌人を多数輩出した「俳句の町」なのであって
正岡子規とか高浜虚子とか著名な方々がいっぱいいらっしゃったのに・・・。

しかもしかも正岡子規は松尾芭蕉のことが
実はあまりお好きではなかったようで。ビックリ。
・・・このブログ全部書き終わってネット眺めてて、さっき知った
なんだかバツが悪い。ううう。

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決まり文句。

2013 年 12 月 31 日



早いもので。早いもので。

と年末になると皆が唱えるのでとりあえず自分も言ってみる
言ったそばから確かに早いと心得る。

ここのブログにしたって度々放置するので
前の投稿から随分月日が流れている。「あ」という間に。

・・・9月ころだったか
ゲストハウスを営んでいる知人から電話があって
「そろそろウェブサイトの内容を見直したいのだけども・・・」
という内容で、それを作ったのは自分なので頼むよという事だった

大幅にリニューアルとかではなく
「この数年の間の変化に対応して欲しい」という事。
つまりアクセスマップの更新などなど。

知人の宿がOPENしたのは2008年の暮れだから
この4年半の間に、島にも小さいながらも変化がある

例えば。
街の中心「あやぱにモール」が「ユーグレナモール」になったり
信号が増えたり、お店が出来たり潰れたり
石垣島空港が移転したり、LCCが飛ぶようになったり

逆の言い方をすれば
あの宿がOPENして「早いもので」もう4年半になるのかー となる。

そう。早いもので。

※宿そのものに興味がある方は、コチラ「ゲストハウスゆくる」
新築赤瓦の素泊まり宿です。石垣にお越しの際は是非。


年も押し迫ってきて12/20を過ぎた頃になると今度は
良いお年を。良いお年を。と皆が唱える。

良いお年を。

この言葉に関して、自分は昔から何か不思議な印象を持っていて
何というか日本人にしっくりくる言葉というか・・・
ごくごく自然と口をついて出る言葉というか・・・

最近謎が解けた。こういうことらしい。

「今年の残りがいい年でありますよう
(新年を迎えるために)無事大晦日まで過ごせますように」

という意味合いがあるようで、
つまりはお互い(健康で)頑張りましょうと励ましあう言葉。
どちらかといえば、「良い新年をお迎えください」と言うより
「年内を良く(無事に)お過ごしください」というニュアンス。
道理で無意識に「日本的」に感じてた訳で納得。

だとすると大晦日にはさほど相応しい言葉ではないですな。



・・・そう言えば。
去年も現れた「神様」が別バージョンで今年も現れた。





コチラ。

2013-12-31f

ちなみに去年の方はコチラ。

2013-12-31e

God is watching us.






・・・大晦日もまだ数時間あるので、敢えて言ってみる。


良いお年を





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来年の夏

2013 年 10 月 8 日



遠慮がちの未来は ノロノロやって来たくせに
もの凄いスピードで過ぎてって 「昔」になって固まった

ハイサイ。「夏」が完全に終わりましたな。

「とっくに終わっとるワイ!」といった意見もございましょうが
今年の夏はまあ個人的にまあ色々アリマシテ、最近やっと終わった気がする。

ここのウェブログも少々休止しておったのだけど
いつものようにささやかにさりげなく復活しよう。よし。

そう。今年は真夏に実家に帰る機会があって
何年ぶりだろう内地の夏、ニッポンの夏。十数年ぶりだろか・・・
とか思っていた朝、テレビを見ていると、母親が

「あんたも毎朝見ちょうかね?」

ニュアンス的には、極度の寝坊助であるはずの息子が
某局の連続テレビドラマなんぞの為に起きるような
人格者?ではないと決め付けてるご様子。

いやいや、アナタ、ワタシ幾つだと思っちょるの?
いい加減、目も覚めるし、コレおもろいし。

といった感じのやり取りで納得したのか、母親がまたポツリと

「そげかね。あんたも見ちょるかねー。ちゅらさん。面白いがー。コレ」

だって。オイッッッ! じぇじぇじぇぇぇ!
嘘のような会話か!・・・これ本当ですからね。



・・・で暦の上ではオクトーバーという事で

あれから2ヶ月近く経って「ちゅらさん」でなく「あまちゃん」も
先月末に大絶賛・高視聴率のうち終わったのだけど
このところどうもテレビ業界はあまりパッとしないご様子

まあこれだけインターネットが普及したので
従来の役目を本当に終えつつあるのだろな。テレビ。

新聞などに至っては、媒体として好きか嫌いかはさておいて
「ニュース」自体が異常に古く感じてしまう・・・うう。

石垣島のM集落

そんな思いを巡らせつつ

「盛者必衰の理をあらわす」などと呟きながら犬と散歩

ただ。
同じく恐ろしく高視聴率のうちに終了した「倍返しだ!」の例もあり
・・・面白ければ、みんな見るのにな。テレビ。面白ければね・・・

とか思いつつ、歩を進めつつ。
その先で、思いがけず「テレビ離れ」の真髄に触れた

若者たちの叫び。
やはり彼らは、もはやテレビジョンを否定しておるのだ!
違うビジョンを思い描いておるのだ!



見よ!


ノーテレビ標語

・・・・・・。



ゴホン。

来年の夏も当たり前にむかえられますように。
母親はその頃「あまちゃん先生」とか言ってそうだな。


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